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しばらく書くことができていなかった。体調があまり良くなくて、一人になる時間が怖かったから。さまざまな福祉サービスを利用しているけど、あまり状況が良くならないのがもどかしい。書き溜めていた下書きと一緒に続きを書いた。
遡ること4月中旬。一度実家に戻り、残してきた病院の検査を受けて異常はなかったものの、5月に入る少し前に恋人の海外出張が正式に決まり実家での滞在期間が伸びた。幸い自宅から治療用に送ってきていた春夏物はまだ送り返してなかったので服には困らなかった。
ただ、恋人の出張スケジュールの兼ね合いで1ヶ月以上実家に滞在することになってしまったのですっかり生活リズムが実家モードになってしまった。
抗がん剤治療中にも何度も考えた"家族で過ごせるボーナスタイム"だとは思ったが、今の私は治療中でもなんでもない。実家も私のいない生活に慣れてしまっていたためか、最初はリズムが合わなくて気持ちが悪かった。その感覚が消えた頃に自宅へ帰ることになったので、帰ってからもホームシックがひどかった。
結局帰ってきたのは6月頭。両親が私を車で家まで送り届けるという名目で旅行をすることに。2泊3日で長野県と静岡県を経由するという大胆な旅行になった。
どちらの宿もオールインクルーシブだったので食べ放題飲み放題だったが、旅行が終わってからしばらく口内炎がひどかった。多分暴飲暴食してしまったからだと思う。夜鳴きそばも食べたからだろう。
どちらの温泉も気持ちがよく、長野の温泉は肌がツルツルになる感じ、静岡の温泉は肌がキュッとなる感じだった。旅行中は何度も大浴場へ行った。朝風呂で貸切になったりするのが楽しかった。近所にスーパー銭湯があったら通うのに、と大浴場に入るたび思う。普段はお風呂は狭い空間に一人になるから大嫌いだが、広い浴槽で足を伸ばして入浴できるのは好きだ。
6月は特にこれといったメインイベントもなく、生活を送るだけで精一杯ですぐに終わってしまった。メンタルが無理な中、役所の手続きや精神科の通院を粛々とやった。
大腸がんの今後の検査について、手術と抗がん剤治療をした病院で紹介状をもらっていたので近くにある大学病院を初めて受診した。宛先のない紹介状だったため予約が取れず困ったが、朝一に病院で受付をすることで解決した。初めて行く病院で不安だったこともあり、恋人に仕事を休んでもらい付き添ってもらった。思っていたよりも検査や診察が早く終わり、その足で二人で原宿まで行った。POP MARTでスポンジボブのブラインドタイプの新しいフィギュアを2個買って帰路についた。幸い内容は被らなかった。サウンドバーの前にフィギュアを置くという音響に悪いことをしているが、Netflix以外ではあまりテレビを見ないので気にしていない。Netflixでスポンジボブは日本語字幕が用意されていないためオリジナル版の英語字幕で見ているので個人的にストーリーはあまりわからずハードモードだが、吹替版にすると声の印象が全然違って気持ちが悪く感じるようになってしまったのでオリジナル版で頑張っている。いまだに毎日英語を勉強するという日課は続けているしもっと英語をわかるようになりたいとは思うが、アニメの喋り言葉がわかるほどではないのでまだまだ伸び代があるなあ、と思っている。人生、まだまだわからないことばかりだ。
7月に入った頃に両親と3人でディズニーに行こうと約束していたが、あまりにも暑くて断念。代わりにまた二人が車で近くまで迎えに来てくれ、当初予定していた日程で別方面へ旅行をした。今回は山梨県と静岡県。山梨の宿では富士山ビューのお部屋で、大浴場も富士山ビューだった。ご飯も創作和食という感じで上品な味付けだった。河口湖の周りを散策したり、富士山の見える公園で写真を撮ったり桃パフェのあるカフェに寄ったり楽しく過ごせた。梅雨の晴れ間でたまたま天気がよかったのではっきりと富士山が見えた。ホテルのスタッフさんが「夏だと湿気が多くて雲が出やすいからこんなにはっきり見えることって少ないんです」と仰っていた。
静岡では人生初めての熱海へ。駅前の様子が完全に昭和だった。泊まったホテルも増築に増築を重ねたような建物で、いくつかある大浴場の行き来が大変だった。施設が広すぎて携帯電話を部屋に忘れた父親と夕食の前にはぐれたりと珍事件が起こったりもした。古くからあるホテルだったのでカラオケ施設があり、そこで何年ぶりかのタイミングで母親とカラオケをした。久しぶりすぎて何を歌えばいいのかわからずモタモタした。歌がより下手になっていた。1時間という短い時間だったがとても楽しかった。実家に戻ったら一緒に行こうという約束をして就寝。帰る日、熱海プリンを食べてゆっくり明るい時間に帰宅。
大学病院で検査結果がわかる診察があり、とりあえず今回も異常無しだった。初診とはまた違う先生で、話も丁寧に聞いてくれた。2年前神戸から引っ越してきて…と話したら先生も生まれ故郷が神戸だという話を聞けた。これから4年くらいお世話になるから、気さくな先生でよかった。
1ヶ月に1回ペースだった精神科の通院が待てず、2週間くらいで当日予約で駆け込んだりするのが2回ほどあった。10年ぶりくらいにメンタルがぐちゃぐちゃで最底辺を這うようにして人生を歩いている。家に一人でいると気が狂ってしまうのでradikoで関西のラジオを聞いたり恋人にできるだけ早く帰ってきてもらうようにしたりかなり迷惑をかけていた。毎日涙が止まらなくなったりしているのでそのあたりでも迷惑をかけていた。
睡眠時間が確保できず、早朝に起きてしまうこともきっとメンタルが削れている要因だと思う。朝活がしたくて目が覚めるんじゃないから厄介だ。
4月に注文していた椅子がやっと自宅に届いた。座り心地が良い。相変わらず猫背は治らないが、腰への負担が軽減された気がする。リビングでのパソコン作業が少し楽になった。
8月。うだるような暑さの中、週に一回くらいしか買い出しに出かけられない日々が続く。電車に乗るのが怖くて精神科にも行けず、リスケにリスケを重ねて予備の薬を使い果たした。
大腸がんが見つかって実家に強制送還された日から一年が経った。抗がん剤治療終了からは半年。マイノリティではあるが、きっと今後の糧になると信じている。そうでも思っていないと人生やってられない。糧にするんだ。今までのこの辛い日々を。誰でもない私の人生だから、自分だけは認めてあげないと。
大学病院で定期検査を受けた。結果は異常なし。ほっと胸を撫で下ろす。恋人に付き添ってもらっていたので寄り道して帰宅。
9月。恋人が海外出張に行くことになり同じタイミングで実家に帰省した。大腸がん術後一年の日を実家で過ごす。 思えばこの一年、本当によく頑張ったと思う。日々生きるのに必死であんまり頑張った実感はなかったけど、思い返したら試練の連続だった。全身麻酔が怖かった。身体に傷が残るのが嫌だった。孤独な夜を泣き明かして抗がん剤治療を受けた。血管はボロボロになり、何度も腕を刺されてなかなか血液検査がうまくいかなかった。今は全ての経験が私の勲章になっている。あのタイミングで見つかっていなければ、転移もしていたから今頃私はこの世にいないだろう。そう考えるとゾッとした。抗がん剤治療をすることにはなったけど、それも良い経験だと今では少し思える。同世代と比べるとハンデではあるし、やらなくていいのならやりたくはなかったけど後悔はしてない。生きるために必死だったから、やらなければならなかった。
入院中に書いていた日記を読みながら、細かいディテールを思い出していた。毎日来てくれる掃除のおばちゃんと仲良くなったこと。あんなに好きだったラジオが聞けなくなってしまったこと。食事が解禁になったのが嬉しくて看護師さんに黙って管をぶら下げたまま院内のカフェにアイスクリームを食べに行ったこと。お腹を切っているから寝返りが打てず、寝るのが苦痛だったこと。だんだんと回復してきてラジオが聞けるようになって、たまたま流れていた曲を聞いた看護師さんとアーティストの話で盛り上がったこと。思えば、かけがえのない入院生活だった。もう一度やれと言われたら拒否するだろうけど、気分は前向きだった。これもまた、やるしかなかったからだ。
帰省も期間を決めて行えば気楽に気分を変えて過ごせるということがわかったので、体調不良で出来なかったことや会えなかった友達も多かったけど、またたまに帰ってこようと思った。
何にもないただの数ヶ月だと思っていたけど、こう振り返ってみると思っていたよりも盛りだくさんだった。
ふと、恋人が在宅ワークの日に仕事部屋から聞こえてくる会議中の話し声を聞きながら洗濯物を畳むのが幸せな時間だと思った。仕事部屋にはエアコンは付いていないからいつもドアは開きっぱなしだ。なんでもない日があるということがどれだけ尊いことか、健康を失った私にはわかるからこの気持ちを噛み締めよう。
なんとなく治療後より体力は少しずつ回復している。本当にわずかだけど、こうして薄皮が剥がれるようにして元気になっていくんだろうな。まだ坂道では息が切れるから、そう考えると長い道のりだ。筋トレをしないといけない。
10月、季節は変わろうとしている。確実に変わる。だから、後悔のないように無理をせず、日々を重ねようと思った。
未来の私が、過去に誇れる自分でありたい。
病気が治ったら
HASAMI groupの「病気が治ったら」というMVを久しぶりに見ていた。このMVを見ながら泣いていた時期がある。
去年はてなブログの記事を更新した後、帰省から帰ってきて受けた大腸内視鏡検査で大腸がんが見つかり、地元に戻り同じ病気で母親もお世話になった病院で腹腔鏡手術をし、その後転移が見つかり抗がん剤治療を受けた。今年2月末に治療が終わり、3月中頃に無事横浜の家に帰ってくることができた。検査を残してきたため、また実家に戻る。今その帰省の新幹線の中でこれを書いている。
4月初旬、恋人と初めて二人で出かける日だった。桜が咲いているからお花見に行った。早起きしてスターバックスリザーブロースタリーの入店予約が取れたので時間に間に合うように電車に乗った。駅から歩く間も川沿いに桜並木が続いていた。提灯みたいなやつがぶら下がっているのが東京っぽいな、などと思う。ドラマで見たことのあるような景色だ。
スターバックスリザーブロースタリー、1年以上ぶりに来たがやはり良かった。3階に空いてる席を見つけたので座った。この日は目黒川沿いのテラス席は有料予約が必要だったためか、3階はそこそこの混雑度合いだった。中途半端な時間だったということもあるかもしれない。
私の快気祝いということで、私も彼もドリンクを2杯飲むという贅沢をした。もちろんフードもいただいた。カルツォーネを2種類とオリーブのバトンみたいな細長いパンを半分こした。
私は1杯目はキャラメルのカプチーノをいただいた。彼はウィスキーの樽で保管された豆を使っている(もう結構前なのでうろ覚えだが)という水出しコーヒーをチョイス。一口もらったがかなり美味しかった。お酒みたいなコーヒー。昼から飲むには刺激的な香りだった。
フードを食べてから新たな注文をするために2階の紅茶のカウンターへ。2杯目は宇治抹茶ソーダフロートにした。抹茶なのにシュワシュワしていて不思議なドリンクだった。彼の2杯目はオレンジが乗ったウィスキーだった。まんまるの氷が入っており、ロックでしっかり濃いめの味だった。恋人いわく「ウィスキーの香りのするコーヒーを飲んだから本物が飲みたくなった」とのこと。この店の3階ではアルコールメニューも楽しめるので気に入ってくれているようだ。
席を立ったあと、併設のショップで友人に送るお茶と実家に持って帰るコーヒー豆を買った。どれもこの店でしか取り扱いのない物を選んだ。また来れるかわからないのが人生なので、こういうときは特別な物を用意したい。
贅沢を終えて渋谷に向かおうと中目黒駅へ向かったものの、駅は入場帰省をしており改札の外まで入場の列が出来ていたため来た道を引き返し乗ってきた路線の電車でその日は大人しく帰った。
また違う春の日、引っ越しの日に買ったIKEAのダイニングチェアがあまりにも疲れるので新しい物を見にいくため電車に乗った。
恋人が調べてくれた椅子はお洒落だしカラー展開も豊富で、この日は出かけたついでに渋谷のお店まで足を運んだ。狭い店内だったものの、実物を見ることができた。コラボのカラーも置いてあり、試しに座ってみて私はすぐに気に入った。オンラインで見ていたときは「昔よく見かけた駅のベンチの一つみたいだな」と思っていたが、座面がほどよく窪んでいてプラスチック製だから背もたれもちょうどいい柔らかさで心地よかった。この店には他のカラーは置いていなかったため、また別の日に別カラーを見に行くことが決まった。
今年初めて長袖ブラウスのみで出かけた日。恋人と先述のダイニングチェアを見に電車に乗っていた。中途半端な時間に起きてトーストしか食べていなかったため、外出中にめちゃくちゃお腹が減った。ゴディバカフェに寄りたいと言ったら「これ以上ドムになったらあかんで」と怒られる。ドムとは、ガンダムシリーズに出てくる紫色の重モビルスーツのことだ。彼は度々私のことをドム脚だのなんだのとイジってくる。もう慣れたから良いけど、初めて言われたときはわけがわからなかった。
噂の家具屋に着くと、渋谷店とは違いかなり広い。休日だからか仕事用の椅子を試す人を多く見かけた。我々の目的だったダイニングチェアも見てみたかったカラーは確認できた。彼はミントグリーン、私はパウダーピンクにしようという話をして晩ご飯の用意とケーキを買って帰った。
さて、横浜への一時帰宅の思い出はこんなものだろうか。久しぶりに帰る我が家、変わっているところがほとんどなく、私がいるときよりも気持ち綺麗だった。彼も私もアレルギー持ちなので掃除はこまめにしてくれていたらしい。帰宅直後、リビングを見回すと私の母が作ってくれたコースターや私が普段使っている薬やサプリを入れておく皿はテーブルに放置されており、「ああ、ここから私がいなくなっただけなんだ」と変な実感があった。怪しさを感じさせる綺麗さというよりも、私を待つために綺麗を継続させてくれていたんだなと素直に思った。私担当の水回りの掃除は全くできていなくてギトギトだったから。
長い期間抗がん剤治療をしながら実家にいたせいで自力で買い物をする力は衰えてしまったが、今回の一時帰宅でなんとか少し取り戻せた気がする。
今でもまだ化粧も着替えも風呂も着手するのになかなか気が進まないが、天気が良い日に桜を見に近所の公園に散歩に行けたりもした。一人暮らしをしたことのない私にとって一人で外に出かけるというのはものすごいハードルなので、そういうことが自発的にできたのは褒めたい。少しずつ元気を取り戻せた1ヶ月だった。
恋人が帰ってくるまでの時間に風呂にも入れず一人でリビングにいると寂しくて気が狂いそうにもなったが、これも勉強だな。
また実家に戻って生活ペースが狂うのが嫌なところだが、関東では会えない友人もたくさんいるので今のうちに会っておこう。また次いつ帰ってこれるかわからないのが人生、悔いのないように地元での日々を過ごさなければ。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
また時間を見つけてちょくちょく書こうと思います。
神戸で再訪したいカフェがありすぎてカフェデーを何日作ろうかと今からわくわくしています。横浜宅でコーヒーを淹れるやつを始めたいのでそれ系のグッズを揃えたい。行きたい店が多すぎる…。全部行けるだろうか…。
病気が治る(寛解)まであと5年は定期的な検査を続けなければならないが、気を落とさず何かあったらそのときに考えようと思う。私はいまいち決断力に欠けるけど、そんな私が決めることだからこの先もきっと大丈夫だろう。悩んで悩んで決めるんだから。
結婚も出産も育児も、夢はあるけど今すぐじゃなくてもいいなと今は思う。恋人と二人でいられるのは当たり前じゃないことだ。家族や友人と一緒に語らえるのも同じくらい尊い時間だ。一瞬一瞬を大切にしよう。いつでも元気で会えるなんて約束されていない。今を生きよう。少しずつ頑張ろう。自分のペースで。
一歩戻って一歩前へ
横浜に引っ越してから移動距離が少なくなったからかブログを書くことがなくなった。土日は大体恋人と一緒に行動しているから、書きたいことはたくさんあるけど圧倒的に書く暇がない。一緒にいることが当たり前になってきているのかな、と思うと少し怖くなる。
7月2日に実家に帰ってきて、以前からお世話になっていた美容院でカットとカラーもしてもらって、今日は久しぶりに友人に会いに行く。大阪までのこの長い道のりをいつも何も思わず電車に乗っていたんだな、と思って懐かしくなる。恋人と集合するときもこの道だったな。帰省すると、恋人と同棲する前の生活に戻れるからそれはそれで楽しい。一足先に横浜に帰った恋人もガンダムのドムを組み立てるなどして一人の時間を楽しんでいるみたいだった。
実家に帰ると家族が全力で歓迎してくれるから嬉しい。二人が元気に生きている間に恩返しをたくさんしたい。だから私は横浜に帰って頑張らないといけない。頑張らなきゃと思うとしんどくなるから、頑張ろうくらいの心持ちでいいと思う。恋人と暮らすようになって、考え方が少しだけ前向きになった。横浜に帰っても、ホームシックにならなければいいな。なったとしても、少しホームシックになるくらいで抑えられたらいいな。
友人に会って最近の近況を話したり同棲生活のことを話したりした。話していたらいま悩んでることが同じだったから、今日分かち合えて嬉しかった。お揃いのルームウェアを買って帰宅。やっぱり関西に帰ってくるたびに友人と何かしらのお揃いの物を買って横浜に戻っている気がする。そうでもしないと寂しくて頑張れないからだと思う。
帰り道に電車の中でこれを書いている間、尾崎世界観の「声にしがみついて」というラジオをタイムフリーで聞いていた。ファンクラブ限定のライブツアー、やっぱり行きたいな。でも東京の公演に一人で行っても楽しくないから、母親と一緒に行きたいな。でも久しぶりのライブハウスツアー、元気なままで行けるかなあ。それよりも、10月に関西に戻ってこれるかなあ。本当は3ヶ月くらいの間隔で実家に帰ってきたいんだけどな。でも今通ってる就労移行支援の兼ね合いもあるしなあ。悩みは尽きない。遠く離れた場所に住んでいるから、新幹線に乗って新幹線が発車する瞬間が一番寂しい。でも恋人が待ってくれているから、横浜に帰らないといけないな。今年の3月に法事と引っ越し前に当たっていたクリープハイプのライブに合わせて関西に帰ってきたときよりは横浜にベースができているから、やらないといけないこともたくさんあるし行かないといけない病院もあるし、横浜には絶対帰らないといけないんだけどな。関西は何もかも居心地がいいから帰りたくないな。そう思わせてくれる実家は良いな。
明日もまた別の友人に会う。会えたら私は安心して横浜に帰れる。悔いなくお盆も横浜で過ごせる。横浜がもっと関西に近ければなあ。遠すぎるんだよ。でも、引っ越すと決めたのは自分だし恋人との生活を選んだのも自分。自分の人生に責任を持たないとね。自分の人生だから、自分で決めたわけだし。横浜に帰るまであと数日。実家に残してた夏服と寂しさを段ボールに詰めて、横浜に送ろう。
振り返りもせず前へ
関東への引っ越しを挟んでバタバタしていたら年末が来て正月が来て一年の振り返りもする暇もなく新しい手帳を使う。新しい手帳カバーは好きな革製品屋さんでずっと使いたかった革の限定色のカバーにした。2022年はほぼ日手帳のオリジナルサイズを使っていたけど、2023年は映画の半券とか展覧会の紙チケットを貼りたいという気持ちからカズンサイズにしてみた。関東ベースになってから今まで買わなかったキャラクターシールも2種類くらい買った。新しい手帳はデカくなったけど、書きたいこともデカくなった気がする。1月も中盤だけど、毎日よろしくな。
実家から離れたゆかりのない土地で恋人と二人で暮らし始めた。以前の生活よりも謝ることが増えた。気遣いとかそういう問題ではなく、私の気持ちの問題である。家事も簡単なことしかできないし、ここには書けない問題が星の数ほどある。大体が私のせいなので情けなくて不甲斐ない。音楽を作ることもやめてしまったし、本を読む時間も減った。一眼レフは母のために実家に置いてきたので写真もiPhoneで撮るくらい。関東はイベントもお店も多いし楽しいコンテンツはたくさんあるけど、一人で大都会を歩くのは少し怖い。昨日も病院の行きと帰りに知らない人から声をかけられて、毎回心臓が飛び出るほどびっくりしているのに相手はなんとも思ってない風で、だんだん自分が情けなくなってくる。大阪や神戸とは比にならない規模の大きさ。大都会はやかましいし歩きづらいけど、夜が綺麗だ。
いつもの夜の帰り道、星や月が見えていることを確認して安心する。同じ天体を関西にいる家族や送り出してくれた友人たちもきっと見ているはずだと思うとなんとか明日もやろうという気持ちになる。外に出られない日もあったりするけど、そんな見えない力に励まされている。私は元気です。総合的に見ても、楽しくやっています。
とりあえず前を向く。
一番くじ
二ヶ月もはてなブログを書いていなかったことに気づいてびっくりする。私は多分ライターとかブロガーにはなれない。ライターやブロガーになれるようなマメさが全くない。最近Instagramでさえ見るのが億劫になり、投稿するのも画面の向こうの知ってたり知らなかったりする人の表情を勝手に想像したら気が引けてしまい、あんまり開かなくなってしまった。Twitterなんて好きなアカウントの通知が来たときしか開かない。自分が一つずつ歳をとるのに連動して、SNSから離れていっている気がする。それが少し怖い。
土曜日。予約していた心療内科の診察を終えた後、恋人と会う約束をしていた。ちょうど14時にすれ違うようにして出会うことができたので、そのまま地下街の好きなカフェへと向かった。ちょっと大きめの季節のタルトを食べながら、JRの「サイコロきっぷ」の話をした。8月はとにかく暑いから難しいかもしれないけれど、9月まできっぷが売ってるならワンチャンスあるよね、と話した。
店を出た後、恋人が「カービィの一番くじ今日からやってるよ」と言うので、一番くじカウンターがある商業施設へ。一番くじカウンターには少し列ができており、カービィの一番くじがどんどん売れていくのを目の前で見ながらハラハラしていた。前回カービィの一番くじが金曜日から始まっていたとき、土曜日に来た際も全く何も残っていなかったことを思い出して、ちょっと奮発して3回引くことを心に決めて会計をした。こういうときくじを引くのは左手で、と決めている。そして店員さんにめくったくじを見せたところ、C賞のデカいカービィのぬいぐるみが当たるという快挙。本当は手のひらサイズのワドルディが雲の上でうとうとしているD賞のぬいぐるみが欲しかったけどこれはこれで可愛いなあ〜と思いながら、思いがけず荷物が増えたことに嬉しい気持ちで帰りの電車に乗っている。家のどこで働いてもらおうかな。サイズ的にもリビング勤務かな。私の部屋にはなかなか置けないレベルの大きさ。カービィ、ずっとお迎えしようと思っていた気持ちが伝わったのかな?とメルヘンなことを考えている幸せな週末。カービィカフェの衣装をまとったカービィ、可愛いしかない。語彙力の欠損。
日曜日、疲労と充足感
曇り空の日曜日、庵野秀明展へ行く。知らない作品の方が多かったので、知らないことを知れて嬉しかった。現在に至るまで、庵野氏が触れてきた作品群や好きな作品それぞれのこと、そして庵野作品が出来上がるまでの過程を見せてくれていたのが良かった。また観たい映画や作品が増えた。やっぱりこういう展覧会は作品や監督のことを好きな人と一緒に回ると小さなトリビアを挟んでくれたり思い出のシーンを話し合えたりできて楽しいな〜と思った。出来上がった映像が各所で流れていて、ここに並べられている下書きがこんなヌルヌルと動く映像になってしまうのか…とディスプレイに見入ってしまう瞬間がたくさんあった。
順路の最後にあるギャラリーショップで、この展覧会に行こうと随分前に話をしていたときに恋人にすすめられて初めて"DAICON III"の映像を観たときに時代を感じないクオリティの高さにびっくりしたことを思い出しつつ、DAICON IIIのデザインの帆布のトートバッグをカゴへ。その他、ヱヴァンゲリヲンQのアクリルキーホルダー、Qの各シーンを切り出して並べたクリアファイル、[決定稿]と判子が押された"シンジのSDAT(スーパーデジタルオーディオテープ)"の設定資料をそのままポストカードサイズにしてしまったカードを購入。個人的にヱヴァンゲリヲンQはストーリー共にキーカラーも含めて一番好きなのでアクリルキーホルダーが用意されているのは嬉しかった。アクキーはいくらでも部屋に飾っておけるから良い。トートバッグは東京で開催されていたときに恋人が先に買っていたので結局私も買うことにした。こういう機会でお揃いの物が増えるのは面白いし楽しいし嬉しい。展覧会後に帰ってきてから会ったときに恋人が熱く話してくれていた"第3村"のジオラマなどはスペースの都合で割愛されていたようだけど、とても満足感の高い展覧会だった。また個人的にヱヴァンゲリヲン新劇場版を最初から観たいな〜とか、理解が深まったらテレビシリーズ→劇場版"Air/まごころを、君に"もちゃんと観たいな〜とか、いろいろ観た後に原点に返って"トップをねらえ!"もしっかり観ておきたいな〜とか、いろんな欲が湧いてきた。時間は有限だけど、ゆっくりでいいから暇なときを見つけてまたいろいろと鑑賞したい。
夏の旅の計画をうっすらと立てながら、こういうなんでもない時間が一番楽しかったりするよね、と言いながら笑い合っている時間が幸せだ。楽しいイベントを作って、少しずつ延命している感じ。言い方は悪いけど、こういう生き方だと近くの目標に向かって頑張れるから良いのかもしれないと思いながら長い帰り道の途中にいる。半分くらい帰ってきたところで足に疲れが溜まっていることがわかって少し安堵した。これで今日も風呂に入って寝るだけだ。明日からまた通常運転しながらやることをやる。普段の生活が送れるのは、こういう楽しい日の思い出があるからだなあとなんとなく思って快速電車に揺られながら帰るのであった。
ステップ
午前中の海はラメの織り混ぜられた布みたいに波打ってはキラキラと光る。朝日を浴びる海は美しい。海の近くに住んでいて良いことの中の一つだ、と思いながら底冷えする駅から電車に乗った。
Lucky Kilimanjaroの新曲が先行配信になり、日付が変わってからひたすらそれを聴いては踊りたくなる衝動に駆られながら目的地へと向かった。
この間、「SINGING A RAIN 雨に唄えば」のミュージカルへ行ってきた。劇場で観るミュージカルは初めてだった。土砂降りの雨を浴びながら踊る役者たちが生き生きとしていて、なんとも美しかった。帰り道、ステップを踏みながら家までの路地を歩いてミュージカル俳優になったような気分になった。ステップを踏むだけでもパワーがあるな、などと思いながら、誰かのいるあたたかい家へと帰ることは幸せだと思った。
また別の日。スニーカーを履いていた日。いつも革靴を履いている自分にとってはイレギュラーな日。世界から値踏みされているような気分になって最悪だった。別に誰かがジッと見ているわけでもないのに、誰がどう見ても格好いいスニーカーなのに、足元を見るたびいつもと違って気分が落ち込んだ。どこまでも歩けたけど、どこへでも行けるわけではない。この小さな街に拘束されているような気分になって、そんな簡単な事が悲しくて、どうせ捨てもできない自分の情けなさに怒りが湧いた。こんなに自分のことを許せないのは数週間の中でかなり久しぶりなので、きっと春が近いのだと思った。何も成し遂げていないから、春が近づくと怖くなる。変わろうとしている人たちに押し出されるようにして歩く。どうしても変われないから自分に苛立つ。皆何をきっかけにして変わるのだろうか。もう死にたいな。でも死んでも何もならないから、生きるしかないな。どうせ痛いだろうし。ああ、こんな気持ちで生きていたくないな。もっと自由になりたい。でも?そろそろ自分であることをやめたい。疲れた。こんな日に入る風呂は大体気持ちがよくて、まあいっかと思ってまた明日になる。こんなことの繰り返しだ、いつも。